生ゴミを追って本屋を走る

 連休準備のため本屋で物色中、気配を感じて目をやった斜め下で、何かが一瞬青く光った。スーツ姿の男がその機械を鞄に滑り込ませながら私からすっと遠のき、少し離れたところで本を手に取る。私に気付かれたことは感じていただろうが知らん顔で通せると思ったらしく、何気ない形をとっているが、目の泳ぎ方が尋常じゃない。場所は本屋2階の奥まった位置、ここで反射的に叫ぶなりすれば多分確実にそいつを捕まえられただろう。でも私はこの時とっさに、自分が電車の中の痴漢を確実に撃退するように、黙ったまま自分でなんとかできるというのが働いてしまったらしい。男に向き直り、黙って一歩踏み出した。男は目を大きく泳がすと、途端に本を捨てて駆け出した。この時になっても私は自分の足で捕獲する気でいたらしく、黙ったまま後を追って走った。馬鹿だった。ミュールで追いつくわけがない。男は客を跳ね飛ばしながらレジ横をぶっちぎって階下へ。降りたら出口はすぐだ。だめだ逃す。ここでやっと声がでた。その人つかまえて下さい。その声でやっと、階下にいたサラリーマンのおじさんが何人かバラバラと走ってくれたが、もう遅かった。
 全速力で走るサラリーマン男と、その後ろを同じく全速力で黙って走る女。店員含めその場の人々は、とりあえず何秒かはあっけにとられて見ているしかないだろう。何が起こったのかの説明も要求もされていないのだからしょうがない。それぞれが自分の頭で状況を察した時には遅い。犯罪にしても何にしても、とっさに声を出せるかどうかで命取りになるというのを思い知らされた。この悔しさは筆舌に尽くしがたい。友達は「追いかけただけ偉い。そういう奴は癖なんだから、絶対にそう遠くないうちに全てを無くすよ」と言ってくれたが、そんなゴミみたいな奴自分の手でそうさせてやりたかった。周りの助けを借りればそれが出来たのに、というのが非常に悔しい。何かが光った位置から考えて撮影は成功していないだろうという事と、捕獲はできなかったけれどその時男が味わった恐怖はそれは大変なものだったはずという事を思って気をいくらかでも落ち着かせるしかない。叫びは普通のオーエルさんなんかよりは鍛えてるはずなんだけどなぁ、サッカーで。点入ったりすると、何も考えず即座に「きゃーーーー!!」て出るのに。とっさに最も賢明な選択ができる人間になるにはどうすればよいのか、を悩む連休となりそうです。